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オグリキャップの有馬記念

私の競馬歴はすでに三〇年以上となります。若い頃と比べると、競馬場にもあまり足を運ぶこともなくなりましたし、馬券を購入する頻度もかなり減ってきました。しかし、二〇代の頃にはかなり競馬に凝って本気で馬券で大金持ちになってやろうと、今から考えれば夢物語のようなことを本気で考えていたこともありました。

その長い私の競馬歴のなかでもっとも印象に残っているサラブレッドを1頭だけ選べと言われれば、躊躇なく「オグリキャップ」の名を上げます。特に一九九〇年の中山競馬場で行われ、オグリキャップがラストランを飾った有馬記念は未だに鮮烈な印象を残しています。

実はオグリキャップが人気が出てきた頃は、私自身はオグリキャップがあまり好きではありませんでした。理由は簡単で、人気が出てきたオグリキャップは実力以上の人気をしてしまっており、オグリキャップを絡めた馬券ではあまり高配当を期待できないからでした。そして、私がオグリキャップを排除した馬券を購入すれば購入するほどオグリキャップはいつも勝ち、私の馬券は外れ続けたのです。

意地になってオグリキャップを排除した馬券ばかりを購入していましたから、馬鹿なことをしていたということでしょう。

その頃のオグリキャップの人気は異常と言ってよかったでしょう。地方競馬としてもかなりマイナーな方に入る岐阜の笠松競馬場で走ってきたオグリキャップは中央競馬のエリートたちとは比べ物にならないくらいに地味な血統でした。その雑草とも言えるオグリキャップがエリートと次々と打ち破ったのですから人気が出るのも無理はなかったのでしょう。そして、強かった。一九八八年の有馬記念も勝ってしまいました。

しかし、いくら強いサラブレットでもいつまでも強いというわけではありません。一九九〇年の秋シーズンはオグリキャップは終わったと言われるくらいに精細を欠くレースが続いていました。

そしてオグリキャップがラストレースとして選んだのが有馬記念でした。絶対的な人気を誇っていたオグリキャップの人気は四番人気、そして初めて私はオグリキャップの馬券を購入したのです。結果は劇的なオグリキャップの勝利で終わりました。お粗末なレースという評論家もいましたが、それはどうでもいいことです。

その日の中山競馬場は18万人のファンが集っていました。レース後のオグリキャップのビクトリーランのときの18万人のオグリコールは一生、耳について離れないことでしょう。馬券はハズレたのはやはり相性でしょうか。